研修医1年目、今日は生きている。
自分が生きた記録を残しておこうと思う。
全財産は妻に譲ることにした。
遺書ではない。
ただの雑務日誌である。
いつかは労働基準法に守られた世界に行きたい。
それだけが、私のささやかな夢である。
入職して1ヶ月。ERも病棟業務も少しずつ馴染んできた。
鈍感な社畜医でもわかる。
ナースステーションの空気が悪い。
大体、何かが起こってる時の空気である。
しかし、この空気は常に留まっている。
プラズマクラスターも過労死寸前である。
痛感したことがある。
病棟が回っているのは、大体看護師の根性である。
社畜医の耳に入る。
「私、もう何日連続で夜勤かわからない。」
「私、トイレ行ったの今日初めてかも。」
「私、夢の中でもナースコール鳴ってる。」
「私は大丈夫。まだいける。まだいける。まだいける。」
夜勤は日本看護協会のガイドラインで原則2回までのはずである。
社畜医のヘルプについた我らの生命線の日勤看護師が言う。
「引き継ぎはまだです。」
午前10時を過ぎている。
それは夜勤看護師がまだこの世に縛られていることを意味する。
正午12時。
なぜか夜勤の服を着た我らの生命線が、よどんだ空気の中キーボードを叩いている。
何も言わないが我らは知っている。
残業代は出ていない。
功績にもならない。
ただ削られた寿命だけが残る。
闇に消える時間外業務である。
看護師長は言う。
「みんな大変だからね。」
便利な呪文である。
この後、彼らは死ぬように眠るだろう。
しかし、時には確認という名目で病院からの電話で現実に戻される。
日勤も昼ご飯を食べていないだろう。
休憩室のドアノブは新品同様だ。
さらに、社畜医の耳に入る。
「私、最後にちゃんと座ったのいつだっけ。」
「私、髪の毛ごっそり抜けるんだけど。」
「私、目閉じるとモニター音聞こえる。」
今日も入院の嵐で病棟が騒がしい。
当院は超急性期病院。
DPC1期という高回転で患者を回すことを目標にしている。
「病棟落ち着いてますね」というフラグを聞いたことが無いにも関わらず落ち着かない。
17時台に入院患者が雪崩れ込む。
その瞬間、日勤の無給残業と夜勤の不眠が同時に確定する。
歪んだ顔が更に曇る。
目を開けてくれ。生命線よ。
我々医師は一人じゃ何もできない。
君達がいないと生きていけないんだ。
これが日常であり地獄である。
そして地獄は繰り返される。
よく白衣の天使と言われるが、実際の現場では違う。
白衣の天使ではない。
白衣の戦死が相応しい。
社畜医は勇敢な戦士達と冒険を共に出来て光栄である。
しかし、これが持続可能な発展に繋がるのだろうか。
志さえあれば、最善の医療、患者中心の医療を提供できると思っていた。
志だけで生きていけると思っていた。
その志さえ日常業務の忙しさで上書きされている。
彼らには尊敬しかない。
今日も病院は回っている。
制度でもない。
人手でもない。
誰かの申請されなかった残業で。
そしてその多くは看護師の命である。
そんな戦死に支えられ、今日も生きている。
社畜医、今日も生存。

