研修医1年目、今日も自分は生きている。
自分が生きた記録を残しておこうと思う。
全財産は妻に譲ることにした。
縁起でもないが、手続きは早い方がいい。
同期とは一緒に研修を終えたい。
この2年間で叶えたい望みは、それだけである。
遺書ではない。
ただの雑務日誌である。
同期が朝から死にかけている。
「俺、当直が憂鬱すぎる。」
「俺、1人であの人数は無理。」
「俺、自分の判断に自信がない。」
「俺、ミスったら医師人生終わるよな。」
無理もない。毎日、犠牲になる研修医がいる。
まさに、消耗品扱いである。部品なので毎年補充される。
当院は田舎の超急性期病院。
救急外来は多い日で1日100件を超える。
ファーストタッチ。
初期対応。
専門医コンサルト。
全部、初期研修医の仕事である。
上級医は概念上存在するが、姿は見たことが無い。
入職して数日しか経過していないが、全科日当直を研修医2年目と担当した。
電子カルテのログイン方法すら怪しい状態で、救急外来に投げ込まれた。
そこは通常営業なのだろうか、地獄絵図だった。
救急車の列。引継ぎ待ちの救急隊。
溢れかえる待合室。数十名の未診察の患者。
満床のストレッチャー。ERに響き渡るモニター音とうめき声。
逃げ場は無い。
トリアージは合っているのか。
そもそも全員生きているのか。
報道では「医療崩壊が起こり得る未来」が語られている。
違う。
すでに起きている。
現在進行形で。通常業務として。
頭が真っ白になる。
一体どこから手をつけていいのか分からなかった。
研修医2年目は言った。
「いいから体を動かせ!」
上級医はいなかった。
書類上は存在する。
医局という安全地帯にいる。
研修医とメディカルスタッフだけで救急外来をまわす。
そこからは記憶が途切れる。
寿命だけが削られる。気が付いたら朝だった。

看護師も同様である。
夜勤は常に欠員。ナースコールは同時多発。
転倒。急変。点滴漏れ。クレーム。
休憩は都市伝説。
記録が終わらなければ帰れない。
給料と責任が釣り合わない。
患者に怒鳴られ、医師に急かされ、上に詰められ、下に頼られる。
誰にも頼れないポジション。
それでも彼女たちは笑顔で患者に接する。
プロだからだ。壊れるまでは。
これで適切な医療が出来ていると思うだろうか。
研修医の経験値で。無理に決まっている。
コンサルトもまともに受けてもらえない。
これは前回の日記を読んでほしい。
入職1か月で多くを学んだ。
「24時間以内に2回救急車→原則入院。」
「同症状で2回来院→原則入院。」
「研修医はオーバートリアージ。」
医学ではない。護身術である。
カルテは盾になる。
「本人検査拒否」
「家族と相談」
「処方は最長3日分」
「専門外来受診指示」
自分を守る文章である。
ゴールデンウイークが終わったところで、研修医2年目はいなくなった。
経験値1か月の研修医1年目ただ1人でこの救急外来を乗り切るしかなくなった。
孤独になった。頑張っても頑張っても、ひたすら文句を言われる世界線で。


上記のように思っていた時期もあった。
が、今は個人を責めるつもりは一切ない。
当直明けに帰れない。
手術後に当直。当直後に手術。誰でも壊れる。
当直医を雇えばいい。だが、病院は赤字。
国立9割、公立9割、私立6割。
診療報酬は削られ、給与は上がらない。
精神論だけが値上がりする。
そんな状況で頑張れる人間がいるのだろうか。
個人の問題ではない。構造上の問題である。
人手不足。低報酬。政府はさらに削減しようとしている。
人は減る。当然である。
ある当直。
研修医1年目の同期が患者を帰した。
翌朝、上級医が確認し同期を呼び出す。
「電話しろ。一人ずつ。」
当直中に一緒に診ていれば済む話だが。
誤診も出る。電話を鳴らす。患者は怒る。
「こんな病院に入院したくはない。」
正論である。
慢性的な人手不足。
研修医がマンパワーとして動員されている。
そして事故が起こる。現実の一部が世間に露呈する。
今でも記憶に新しい。
愛知県。上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)。10代死亡。
胸が痛む。
家族の立場なら研修医を恨む。
同然だ。
だが、これが制度の成果である。
主訴は「嘔吐」。鑑別は多岐にわたる。
採血。血ガス。尿検査。妊娠反応。心電図。頭部CT。胸腹骨盤CT。
他にも薬剤性や中毒など。見逃しが無いように、いや、自分の身を守るために検査を行う。
そしてなにより、検査の評価も難しい。
今回の事件は氷山の一角に過ぎない。
マスコミは言う。
「研修医の誤診」
研修医の誤診を前面に押し出してくる。
医療より再生数の方が大切らしい。
研修医が患者を殺す。
一部、事実である。
だが、刃を握らせたのは制度だ。
やるべきは、批判ではなく構造改革なのだ。
今日も同期はおびえている。
訴訟。
懲役。
実名報道。
啓発のつもりで書く。
同じ構造で死ぬ人を減らすために。
研修医同士で支えあい、看護師はじめ、メディカルスタッフに助けられ、今日も救急外来を回す。
制度に殺されないように。
社畜医、今日も生存。


