★祝!年間15万人★ ご利用ありがとうございます。 全記事無料で公開中!

【くも膜下出血の見逃し】99%救った医師は、1%で裁かれる【社畜医生存日記12】

【くも膜下出血の見逃し】99%救った医師は、1%で裁かれる【社畜医生存日記12】

※本記事は複数の経験をもとに再構成したフィクションであり、実在の個人・団体・事象とは一切関係ありません。

研修医2年目。

今日も生きている。

だから記録を残す。

全財産は妻へ。

死亡保険は掛けておこう。

相続税の心配はいらない。

同期とは、誰一人欠けずに卒業したい。

最近の願いは、それだけになった。

同期は恐れている。

訴訟。

懲役。

実名報道。

そして、翌月の当直表。

「一人であの人数は無理。」

「自分の判断に自信がない。」

「いつか取り返しのつかないことをする気がする。」

弱音ではない。

申し送りである。

毎日怯え、毎日学び、毎日寿命を削る。

自己犠牲で人を助ける。

生活スタイルはアンパンマンだ。

ある日、一人の患者が亡くなった。

主治医はベテランの専門医だった。

家族の前で、何度も頭を下げていた。

「申し訳ありませんでした。」

「当時の私では気付きませんでした。」

何度も。

何度も。

その姿を見て思った。

この人でも、防げなかったのか。

治療には合併症がある。

亡くなる人もいる。

それでも医療を続ける。

社会全体で見れば、救われる命の方が多いからだ。

同期が言う。

「救ってきた命は数え切れない。」

「ここで辞めたら、その先で救える命まで失う。」

慰めなのか。

呪いなのか。

区別がつかない。

志が折れた同期は美容へ行った。

逃げた、という人もいる。

生き残った、という人もいる。

私は、どちらとも言えなかった。

2026年。一つのニュースが全国を駆け巡った。

「医師がCT検査でくも膜下出血を認識できず、患者は別病院で緊急手術。」

SNSは燃えた。

「無能。」

「ヤブ医者。」

「医師免許を剝奪しろ。」

「専門外は言い訳にならない。」

医療従事者まで石を投げ始めた。

「転送すべきだった。」

「出血くらい私でも分かる。」

「髄液検査をするべきだった。」

SNSなら誰でも名医になれる。

声が大きい人ほど、救急外来にはいない。

現場を知っている人ほど、静かだった。

研修医の立場で言うのは、おこがましい。

それでも言わせてほしい。

私は、この医師を責められない。

この医師を責められる人は、

次の当直で、

同じ画像を、

同じ状況で、

100回中100回診断できる人だけだ。

私には無理だ。

そもそも、くも膜下出血は難しい。

国家試験に出るような典型例なら、医学生でも分かる。

真っ白な血液が、教科書どおりに写っている。

あれは優しい世界だ。

現実は違う。

溝にうっすらと白い線が一本。

「見える」と言われれば見える。

「気のせい」と言われれば、そう見える。

そんなCTはいくらでもある。

貧血。

体動。

アーチファクト。

時間経過。

一つ条件が変わるだけで、正解は簡単に隠れる。

「血眼になって探さないと分からないくも膜下出血。」

現場には、そんな画像が山ほどある。

一般に、発症6時間以内のCTで、くも膜下出血を除外できる感度は98.7%。

ただし、条件がある。

「放射線科医や脳神経外科医が読影した場合に限る。」

つまり、専門医でも100%ではない。

数字にすれば、100人診れば1人以上見逃す。

非専門医であれば難易度はさらに上がる。

医学は、0か100では動いていない。

訴訟大国アメリカ。

482人のくも膜下出血患者を調べた研究がある。

初診時に診断されなかった割合。

12%。

約10人に1人。

最初は診断がつかない 。

教科書には載っていない現実である。

SNSでは、典型例の画像だけが流れてくる。

「こんなの見逃すはずがない。」

そう書き込まれる。

もちろんだ。

教科書は、教えるために作られている。

現場は、試すために存在している。

今回の現場で何が起きていたのか。

本当のことは、現場にいた人間しか知らない。

結果だけが全国に配信された。

その医師は、休日も24時間働いていた。

地方の限られた医療資源の中で。

専門外も診る。

子どもも診る。

高齢者も診る。

外傷も診る。

精神科も来る。

もちろん脳神経外科専門医ではない。

それでも診る。

救急車は、専門医を選んで運んではくれない。

全科当直は制度ではない。

善意である。

善意は便利だ。

足りない医師も、

足りない専門医も、

足りない予算も、

全部、善意で埋められる。

国民の多くはそれを知らない。 

便利すぎて、誰も制度を直そうとしない。

「専門外なら診るな。」

簡単だ。

明日からそうしよう。

頭痛は脳外へ。

腹痛は外科へ。

胸痛は循環器へ。

小児は小児科へ。

精神科は精神科へ。

専門医がいなければ、お帰りいただく。

きっと安全な医療になる。

病院の中だけは。

週に一回も当直をしていない人ほど、

「転送すべきだった。」

「出血くらい私でも分かる。」

「髄液検査をするべきだった。」

と言う。

現場にいる人ほど、何も言わない。言えない。

自分にも、いつ起きるか分からない。

医療は不思議だ。

成功した一万人は忘れられる。

失敗した一人だけが歴史に残る。

99%救う医師と、100%責任を負わせる社会。

計算が合わない。

99%救えて、1%見逃す。

その1%を責めたとき、今後の99%が見殺しになる。 

医療崩壊とは、病院が潰れることではない。

善意が絶えることである。

今回の一件を責め続ければ、全科当直は終わる。 

皆、不幸になる。 

では、現場の医師に出来ることは何か。

研修医1人当直を行っている社畜医なりの答えがある。

同じ症状で二回来たら、原則入院。

研修医は、迷ったらオーバートリアージ。

帰宅させるなら、翌日の専門外来を必ず受診させる。

そして、一番大事なのは患者説明。

知識ではない。

護身術である。

自分も守らなければならない。

不思議なことがある。

研修医一人当直。

ニュースになれば、全国が驚くと思う。

でも、ならない。

事故が起こらなかったからではない。

死人に口なしか、自分でも分からない。

なれば、田舎の医療はさらに崩壊する。

今日も、どこかで研修医が一人、専門外の患者を診ている。

知らない病気を調べながら。

出来るものならやりたくない。

でも、誰かがやらなければならない。

現場は、毎日、綱渡りをしている。

その綱は、医療制度ではなく、誰かの善意でできている。

今回の事件は、患者が元の生活へ戻れた。

それだけが救いだった。

本当に良かった。

心からそう思う。

誤診を肯定しているわけではない。

見逃しを肯定しているわけでもない。

ただ、匿名で石を投げる前に、一度だけ想像してほしい。

その医師が当直に入った日の、救急外来の空気を。 

そして、目の前には、「ただの頭痛かもしれない患者」が座っている。

あなたは、帰すだろうか。

誰も、未来は見えない。

そんな環境で、今日も後輩と救急外来を回す。

また誰かを診る。

また誰かを帰す。

その判断が正しかったのか分かる頃には、私はもう、次の当直に入っている。

だから今日も祈る。

同期が、誰一人欠けずに卒業できますように。

社畜医、今日も生存。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次:クリックで飛べます。