研修医1年目、今日も生を実感している。
自分が生きた記録を残しておこうと思う。
全財産は妻に譲ることにした。
同期には幸せになって欲しい。
自分が犠牲になったとしても。
遺書ではない。
ただの雑務日誌である。
同期の頬に涙が伝う。
「俺、もう働けない。」
「俺、アイツの声がずっと聞こえる。」
「俺、夢の中でも出てくる。」
「俺、この環境でやっていく勇気が…もう無い。」
何と声をかけたらいいのか分からなかった。
医療業界では、上の言うことは絶対である。
逆らうという選択肢は存在しない。
どんなに理不尽でも、王様は王様だ。
都落ちは起こらない。
絶望だけが更新される。
人が仕事を辞める理由は、残業だろうか。給与だろうか。
違う。
人は人間関係で辞める。
やりがい搾取と言われても、私たちの労働に価値があると信じている。
私たちには志がある。
故に、労働条件だけでは仕事をやめない。
どれだけ忙しくても、
どれだけ眠れなくても、
どれだけ命を削っても、
周囲がまともな人なら働ける。
私たちは恵まれている。
看護師、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床工学技士、管理栄養士、事務、掃除の方々。
多くの人が支えてくれる。
人間関係さえ壊れなければ、自分の命を犠牲にしても働ける。
ただし、例外がある。
心理的安全性を害された時だ。
特に、立場が上の人間から。
入職して1か月。
当直中、帰宅か入院か迷う症例があった。
上級医にPHSで相談した。
データも画像も見ずに言われた。
「あ?そんなん自分で判断しろ。いちいちかけてくんな。」
電話は切れた。
まだ1か月だ。
だが、もう一人前らしい。
全てを自分で判断しないといけない。
頼るな。
ミスるな。
責任は取れ。
新人向けのルールは存在しない。
「ナンセンス。」
「なめてんの?」
「これ常識だから。」
「使えねーな。」
人格否定、暴言、威圧。
無理な要求。
失敗の公開処刑。
それが教育と呼ばれている。
自分のことなら耐えられる。
だが、
「お前の同期は無能。」
「昔の研修医はもっと出来た。」
「アイツら医学に興味ないだろ。」
「お前の同期、仕事できねーよな。」
それだけは、耐えられなかった。
同期が侮辱されるのが、たまらなく悔しかった。
同期はPHSでのコンサルトを無視され、LINE電話でのコンサルトも着信拒否され、誰も頼れない状況下で頑張っていた。
同期はさらに研修医2年目からも同様な仕打ちを受けていた。
その研修医2年目は、他の研修医1年目に「後のメンタルケアよろしく」とだけ言い残し、すべてを丸投げしてきた。
自分のケツは、自分で拭けないらしい。
面白いことに、その研修医2年目は「後輩の育成方法」という本を読んでいたそうだ。
同期は続けた。
「いや、まずはアンガーマネジメントだろ。」
ごもっともである。
情緒不安定な人間と一緒に働くのは苦痛である。
そして、その存在を生み出してしまった環境そのものが、何よりも憎い。
毎日動脈採血が必要な患者がいた。
「Aラインはとるな。」
「お前が毎日やれ。」
「朝までに採血結果を出せ。」
医学的な合理性はない。
教育的意義もない。
業務上必要性がなく、目的を逸脱している。
しかし、これが当たり前だと思い、誰にも相談しなかった。
そして、何とかやり遂げた。


看護師も似たようなものだ。
夜勤明けでも定時で帰れない。
「記録終わるまで帰るな。」
これは構造で解決すべき問題である。
インシデントが起きれば、原因より先に人格が裁かれる。
「向いてないんじゃない?」
「その性格で看護師やるの?」
患者の前では天使、詰所ではサンドバッグ。
泣く時間はない。
トイレで3分だけ。
それでも次の患者が鳴らす。
ナースコールは、止まらない。
上級医に飲み会に誘われた。
断れなかった。
食欲もない。
味も分からない。
パワハラで研修医を潰した話を武勇伝として語っていた。
不快極まりなかった。
苦痛の数時間が過ぎた。
二次会は断った。
「人としては嫌いじゃないけど、クソだな。」
そう言い放ち、去っていった。
評価なのか、呪いなのか分からなかった。
そんな環境下で朝から晩まで毎日働いた。
働き続けて、初めて知った。
これがパワハラだということを。
同期は、もっと深く沈んでいることを。
同期の話は、生きていればまた今度書くことにする。
同じ光景は、病棟でも見ている。
看護師が泣いている。
理由はだいたい同じだ。
「使えない。」
「声が小さい。」
「聞くな、自分で考えろ。」
「その表情が気に入らない。」
ミスの内容ではない。
人格を殴られている。
先輩看護師に呼び出され、詰所の奥で小さくなっている新人を見る。
注意ではない。
処刑である。
その後も彼女は点滴を繋ぎ、ナースコールに走り、笑顔で患者に対応している。
何事もなかったかのように。
壊れたまま、働いている。
この医療業界には、パワハラがある。
構造として存在する。
看護学生が病棟で震えている理由も、やっと分かった。
医師だけではない。
きっと全職種にある。
医療業界全体が壊れている。
個人を責めたいわけではない。
命を扱う環境で志が消えたとき、人は壊れる。
壊れた人が、次を壊す。
それが文化として保存されている。
それでも、今日も病院は回っている。
誰かが壊れ、
誰かを壊し、
誰かが辞めることで。
そしてまた、新しい誰かが配属される。
社畜医、今日も生存。

