※本記事は複数の経験をもとに再構成したフィクションであり、実在の個人・団体・事象とは一切関係ありません。
研修医2年目。
1年は生き延びた。
来年も生きている保証はない。
当直明け、頭は死んでいるが、手は動く。
意味は無い。
全財産は妻へ。
遺書ではない。
ただのログである。
研修医1年目が入職した。
「後輩にはあんな怖い思いはさせたくない。」
過去を思い出し、意気込む。
笑わせるな。
この構造でそれは無理だ。
入職し1か月。
1人全科当直。
1人全身麻酔。
1人内科病棟管理。
教育か、人員補充か。
区別がつかない。
経験値は1か月。
まだスライムを倒す時期のはずだが、現実は違う。
コンティニューもセーブも出来ない。
5回目の当直。
救急車の数は数えられない。
「先生、すぐに来てください。」
強直間代性発作。
家族の目の前で、泡を吹いている。
重積。
医者は自分だけだ。
セルシンという単語は知っている。
投与量や投与速度は知らない。
患者の家族の前で看護師に聞いた。
「いつもどうしてますか!!!」
プライドは捨てた。
元からそんな高級品は持っていない。
看護師と救命士に助けられ、医者をやっている。
隙間時間に必死で詰め込む。
ラインが取れない時の対応。
ホストインやレベチラセタムやプロポフォールの使い方。
次の当直で全部使った。
学習効率が高い。
死と隣接していると、記憶は定着するらしい。
医学部3年生の頃。
救急科部長にメールを送った。
「実際の救急医療を見学させてください。」
ER見学やICLSコース、さらにAHAのBLSとACLSを取得した。
5万円以上かかった。当時は高いと思っていた。
今になって分かる。安い買い物だった。
救急車で運ばれてきた。
心停止。
「先生、次どうします。」
頼れるのは自分だけで。
電気ショック。
胸骨圧迫。
薬剤投与。
プロトコール通りやり遂げる。
蘇生失敗したとしても次が来る。
落ち込む時間はない。
忘れないとやっていけない。
今日も蘇生している。
若年。原疾患の悪化による心停止。
full code。
アドレナリンは10A使った。
救急カートに空き箱が転がっている。
在庫は残り1本。
胸骨圧迫と同期してHR110を示している。
モニターは綺麗な数字を出す。
現実とは無関係に。
気管チューブから湧き出る血。
手には心臓の感触。
40分。
「難しいですね。」
蘇生中止とした。
その安堵の意味は、まだ分からない。
田舎には人がいない。
だから回る。
研修医だけで。
異常ではない。
仕様だ。
「当直は全部1人でやっていた。」
SNSで炎上しているらしい。
なぜ炎上するか分からなかった。
こちらでは日常だからだ。
カルテには自分しかいない。
入院から退院までずっと。
一貫性がある。
ある日のER。
「救急外来の社畜医です。」
翌日の内科専門外来の受診を指示して帰宅させた。
翌日、外来に来た。
担当は自分だった。
これが現実である。
契約違反らしい。
研修医は単独診療ができない立場だ。
いいルールだと思う。
適用されれば。
1人当直。
必要時コール。
自分でどうにもならなくなったら呼べ。
これが現実のラインだ。
社畜医のような環境で働いている人間には、SNSを見る時間も書き込む余裕もない。
故に、現実が露出することはない。
完全犯罪である。
他の研修医のカルテを見る。
問診なし。
身体診察なし。
採血と画像検査だけ確認。
医療ではない。作業だ。
採血や画像では分からない異常は、山ほどある。
背部を見ずに誤嚥性肺炎で入院させた患者が壊死性筋膜炎だった。
下肢を見ず熱源不明とした患者が蜂窩織炎だった。
神経所見を取らずにMRI陰性で帰宅させた患者が翌日小脳梗塞で戻ってきた。
MRI陰性だけ確認したTIA疑いの患者が数日後脳梗塞が完成し、一生寝たきりになった。
敗血症性ショックは補液のみで2時間放置。
NADも抗菌薬も出ていない。
髄膜炎を疑う病歴の若年患者がERで暴れている。
培養は取った。
なぜか抗菌薬が出ていない。
腰椎穿刺もしていない。
完全房室ブロックで心原性ショックの患者。
補液と下肢挙上で経過観察。
血圧測定不可。
看護師が循環器内科を呼んだ。
九死に一生を得た。
翌日、専門医が言った。
「話にならない。」
「未診察なんで論外。」
「同じ医師として恥ずかしい。」
珍しい。
普段は優しいのに。
研修医2年目が話している。
「目ん玉1つ8000万だから。」
「2つまでならセーフ。」
医賠責保険。3億。
安心感が違う。
冗談として成立している時点で終わっている。
別の2年目が言った。
「どっちか分かんない?じゃあやってみ。」
「死んだら勉強になったってことで。」
こんな2年目にはなりたくない。
なっていないと、思いたい。
知識と経験は大事だ。
ないと、人が死ぬ。
あってもなお、人が死ぬ。
初期研修医の単独診療が存在する。
これは事実だ。
専門医になれば質は担保されるのか。
それは結局、環境と人次第である。
自分が完璧に出来るなんてことはない。
ひたすらもがく。
殺されないように。
自分も患者も。
社畜医、今日も生存。

